
大動脈弁狭窄症
Aortic Stenosis
概要
大動脈弁狭窄症は、心臓の左心室(全身に血液を送り出すポンプ役)と大動脈(全身へ血液を送る太い血管)の間にある大動脈弁が硬くなり、十分に開かなくなる病気です。その結果、血液を押し出すために心臓に大きな負担がかかり、長期的には心臓の筋肉が厚くなって働きが低下する「心不全」などを起こしやすくなります。
加齢による弁の石灰化(注:カルシウムが沈着して弁が硬くなる変化)が原因となることが最も多く、日本を含む先進国では75歳以上の約3~5%が重症の大動脈弁狭窄症をもつと報告されています。
その他、先天的に弁が二つしかない「二尖弁(にせんべん)」や、リウマチ熱(注:溶連菌感染後に起こる合併症)の既往なども原因となることがあります。症状としては、最初は息切れや動悸、胸の痛み、めまいなどが出始め、放置すれば突然死のリスクも高まります。
診断には心臓超音波検査(エコー)が欠かせず、重症と判断された場合には外科手術やカテーテル治療(TAVI)が必要となることがあります。特に無症状でも重症に該当する場合は早期に治療を考慮することが推奨され、専門医による定期的なフォローが極めて大切です。
近年は治療技術が飛躍的に進歩しており、適切なタイミングで治療を受けることで症状や合併症を防ぎ、生活の質や寿命の改善が期待できます。
診療方針
当クリニックでは基本的に日本循環器学会、欧米循環器系ガイドライン最新版、およびオンライン医学テキスト「Up to Date」に準拠します。
ガイドライン最新版(2025年2月時点)
- 日本循環器学会/日本胸部外科学会/日本血管外科学会/日本心臓血管外科学会合同ガイドライン
2020年改訂版 弁膜症治療のガイドライン - 2020 ACC/AHA Guideline for the Management of Patients With Valvular Heart Disease
- 2021 ESC/EACTS Guidelines for the Management of Valvular Heart Disease
初診時の主な診療内容
1. 身長・体重測定、院内血圧測定(2回測って平均値を取ります)
問診と診察 | 現在および過去の健康問題や現在の症状に関して詳細なお話を伺い、心臓の聴診などの診察を行います。 |
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検査 | 心電図、ABI、胸部レントゲン、心エコー、ホルター心電図検査、血液生化学検査、尿検査などを行います。 特に心エコーは、弁の構造・機能とポンプ機能を評価する上で必須の検査となります。 |
2. 診察と検査結果に基づき診断および状態の評価を行います。
診断に当たって重要なことは、心臓ポンプ機能と動脈硬化リスクの評価も併せて行うことです。心筋症の患者に対しても動脈硬化の主な下記リスクに関して評価が必要です。
- すでに動脈硬化性疾患(狭心症や心筋梗塞、脳卒中、末梢動脈疾患)を起こしたことがある方
- 糖尿病
- 脂質異常症(特に高LDLコレステロール血症)
- 高血圧症
- 喫煙者
- 慢性腎臓病(CKD)
3. 治療方法:診断と重症度評価に基づき治療方針を決定します。
再診に関して:お薬による治療開始時には1ヶ月ごと、状態が安定してからは2-3ヶ月ごとの定期通院が必要です。
- Q1. 大動脈弁狭窄症とはどのような病気ですか?
- A1. 大動脈弁狭窄症とは、心臓から血液を送り出す出口(大動脈弁)が硬く狭くなり、血液を押し出しにくくなる病気です。これにより心臓は強い圧力をかけて血液を送り出す必要があるため、長期的には心臓に負担がかかり、心不全や不整脈、突然死の原因となりえます。
- Q2. どのような人に起きますか?
- A2. 最も多い原因は加齢に伴う大動脈弁の石灰化です。特に75歳以上の高齢者で頻度が高くなります。さらに、先天的に大動脈弁が三つではなく二つしかない「二尖弁」の方や、リウマチ熱(溶連菌感染後の合併症)を経験した方にも起こりやすいとされています。
- Q3. 症状はどのようなものですか?
- A3. 初期段階では自覚症状が出にくいですが、進行すると以下の症状が起こりやすくなります。
- 息切れや呼吸困難:坂道や階段を上るときに息苦しくなる
- 動悸:脈が速く感じられたり、ドキドキが続く
- 胸の痛みや締め付け感:狭心症のような症状
- めまい・失神:脳への血流が一時的に不足しやすくなる
- Q4. どのような検査を行いますか?
-
A4.
- 心臓超音波検査(エコー):弁がどの程度狭いか、血液の流れの速さ、心臓の厚さなどを評価する最も重要な検査です。
- 心電図・胸部X線:心臓の肥大や不整脈、肺の状態などを確認します。
- CT検査・心臓カテーテル検査:弁の形態や石灰化の程度、冠動脈(心臓を栄養する血管)の状態を詳しく調べる目的で行われます。
- Q5. 無症状でも経過観察や治療は必要ですか?治療をしなかった場合どうなりますか?
- A5. 無症状であっても大動脈弁狭窄症が重症の状態であれば、突然悪化したり、心不全や失神、さらには命にかかわる合併症を起こす可能性があります。そのため、無症状でも重症と判定された場合には、専門医による慎重な経過観察や適切な時期での治療が推奨されます。また、軽症〜中等症であっても徐々に進行することも多く、治療のタイミングを遅らせないためにも定期的な診療が必要です。治療をしないまま放置すると、症状が出始めた段階で急速に状態が悪化することが多く、薬によるコントロールも難しくなることがあります。早めの管理が極めて重要です。
- Q6. 治療に関して教えてください(治療の必要性を強調)。
- A6. 大動脈弁狭窄症は、いったん症状が出現すると心不全や突然死など重篤(じゅうとく)な転帰をたどりやすくなる恐れがあります。重症例では弁を人工弁(生体弁または機械弁)に置き換える手術や、カテーテルによる弁置換(TAVI)が標準的な治療法です。これらの治療を適切なタイミングで受けることで、心臓の負担を大きく軽減でき、生活の質(QOL)や寿命の面で著しい改善が期待できます。症状がないからといって安心せず、定期的な検査と専門医の判断を受け、最良の治療タイミングを逃さないことが大切です。
- Q7. お薬で治すことはできますか?
- A7. 大動脈弁狭窄症は、弁そのものが硬く狭くなって血液が流れにくくなる「構造的な問題」です。そのため、現在の医学では薬だけで弁を元のように開きやすくすること(=完治)はできません。降圧薬や利尿薬(注:余分な水分を体外に排出する薬)などを使って血圧や心臓の負担をある程度軽減することは可能ですが、それによって弁の狭さ自体を根本的に取り除くことはできないとされています。実際、アメリカ心臓協会(AHA)や米国心臓病学会(ACC)、欧州心臓病学会(ESC)のガイドラインでも、大動脈弁狭窄症が重症化した場合には外科手術による人工弁の置換や、カテーテルを使ったTAVIといった「弁の交換治療」が唯一の根本的治療法とされています。したがって、「薬だけで治す」という選択肢は現状ではなく、治療の中心はあくまで弁を実際に交換する手術やTAVIになります。
- Q8. TAVI(経カテーテル的大動脈弁置換術)に関して説明してください。
- A8. TAVI(経カテーテル的大動脈弁置換術)は、足の付け根(大腿動脈)や鎖骨下の動脈などから細い管(カテーテル)を挿入し、人工弁を大動脈弁の位置に留置する新しい治療法です。開胸手術を行わずに弁を交換できるため、体への負担が比較的少ないのが特徴です。もともとは手術リスクが高い高齢者や合併症の多い患者さんが主な対象でしたが、近年の研究では中等度リスクの患者さんにも効果が確認されています。治療後は比較的早い社会復帰が期待できますが、事前に冠動脈の状態や血管の太さなど、総合的な評価を行う必要があります。
- Q9. 大動脈弁狭窄症の患者さんが日常生活で気をつけることを教えて下さい。
- A9.
1. 定期的な受診と検査 心臓の状態を正確に把握し、適切な治療タイミングを逃さないために定期的に検査を受けましょう。 2. 適度な運動と休息 ウォーキングなど負担の少ない運動を続けながら、過度の疲労を避けるようにしましょう。 3. 高血圧・脂質異常症などの管理 動脈硬化を抑えることで弁への負担を軽減します。食事療法や必要な薬の内服を医師の指示のもとで行います。 4. 口腔ケアや感染予防 心臓の弁が傷んでいる場合、細菌が血液を通じて弁に感染するリスク(感染性心内膜炎)が高まるため、歯科受診を含めた定期的な口腔ケアを心がけましょう。 5. 症状の変化を見逃さない 息切れや胸痛、めまいなど新たな症状があれば、放置せず早めに受診してください。