心筋梗塞は急性と陳旧性に分けられます。当院での診療対象は、陳旧性心筋梗塞です。
急性心筋梗塞は、生命に関わる重大な緊急性の高い救急疾患です。
直ちに(胸痛の発症から1時間以内で可能な限り早急に)緊急カテーテル治療などの高度医療が必要となります。そのため、当院を含めクリニックなど緊急治療に対応できない医療施設へ直接受診せず、循環器内科で緊急カテーテル治療が可能な総合病院などの高度医療施設(当院周辺であれば、菊名記念病院、横浜労災病院、関東労災病院、済生会横浜市東部病院など)への救急車による搬送を要請して下さい。
救急車を要請すべき(急性心筋梗塞の可能性がある)胸痛に関してはQ4で詳しく説明しています。
陳旧性心筋梗塞は、急性期を過ぎた心筋梗塞で、一般的には緊急治療を終え状態が安定している心筋梗塞です。急性期の治療を受け状態が安定して無事退院し外来通院となっている心筋梗塞はこの陳旧性心筋梗塞であり、当クリニックでは病院から診療情報提供をいただいて定期外来診療を継続します。
狭心症は、心筋梗塞の前段階です。治療の最大の目的は心筋梗塞への移行を予防することです。狭心症はその状態により、不安定狭心症と安定狭心症に分類され、当院での診療対象は安定狭心症です。不安定狭心症は、心筋梗塞を起こす可能性が非常に高くなっている状態であり、急性心筋梗塞と同等の治療が必要になるため、近隣の総合病院へ紹介させていただきます。
狭心症は、その代表的な症状である「繰り返す発作性の胸痛」から適切に診断し、治療方針を決定することが重要です。
問診と診察:現在および過去の健康問題や現在の症状に関して詳細なお話を伺い、心臓の聴診などの診察を行います。
検査:心電図、ABI、胸部レントゲン、心エコー、血液生化学検査、尿検査などを行います。
主なリスクは下記です。
基本:生活習慣(食事と運動)の改善と禁煙です。
再診に関して:お薬による治療開始時には1ヶ月ごと、状態が安定してからは2-3ヶ月ごとの定期通院が必要です。
心臓の基本的な役割は、全身に血液を循環させるポンプです。心臓は筋肉でできた袋状の臓器で、筋肉が収縮することで心臓から血液を送り出します。
心臓の部屋は心房と心室にわかれ、それぞれ左右にあり計4つの部屋(左心房・右心房、左心室・右心室)があります。心房は肺や全身からの血液が戻ってくる部屋で、心室は肺や全身に血液を送り出す部屋です。
各々の部屋が協調して収縮と拡張を繰り返す(ポンプする)ことで全身の血液を循環させています。左心室が、血液を全身に送り出すいわばメインポンプの役割を担っており、4つの部屋の中で最も重要な部屋です。
血液を全身に送り届ける(ポンプする)心臓のエネルギー源もやはり血液に含まれた酸素や栄養です。心臓を養うための血液は、心臓の表面を取り巻いている血管(冠動脈)によって供給されています。
冠動脈には、左冠動脈と右冠動脈があり、各々大動脈から出ています。左冠動脈は、大きく2本の枝に分かれており、それぞれ左前下行枝と左回旋枝の名前が付いています。
それぞれの冠動脈は、分布する心臓の部位(左前下行枝は左室の前面、左回旋枝は左室の側面、右冠動脈は左室の下面と右室)を栄養しています。
心臓を栄養する動脈(冠動脈)が動脈硬化によって狭窄・閉塞してしまう病気が、虚血性心疾患と総称される心筋梗塞や狭心症です。心筋梗塞は、冠動脈の枝が詰まってしまい血液供給が完全に絶たれた結果、その冠動脈が栄養している部位が壊死(細胞が死んでしまう状態)を起こしてしまう病気です。
例えば、左前下行枝が完全閉塞すれば左室の前面が壊死に陥ります。壊死になる範囲が広ければ広いほど、心臓のポンプ機能が減少して心不全を引き起こし、ショック状態から心停止に至る危険性が高くなります。狭心症は、冠動脈がまだ完全に詰まっていないが高度な狭窄をきたしており、心臓が必要とする血液の供給量が減少している状態(これを”虚血”といいます)です。
血液の供給は減少しているが未だ残っているため心臓は壊死を起こしておらず、ポンプ機能の低下はないか、あったとしても軽度かつ一時的です。しかし、狭心症は放置すれば、将来冠動脈が完全に詰まって心筋梗塞を引き起こしてしまう危険性が高い状態です。
これらの病気の本体は、冠動脈の動脈硬化による狭窄・閉塞です。したがって、動脈硬化を起こす原因となる下記が4大危険因子です。
これらを適切に治療・管理することが虚血性心疾患の発症・再発予防として最も重要です。
最も重要な症状は「胸痛」です。しかし、「胸痛」にはいろいろな痛み方があり、患者さんの感じ方や表現も様々です。下記症状全てが当てはまる必要があるとか、2-3つ当てはまるので可能性が高いとか単純なことではありません。症状は患者さんによって様々な組み合わせがあり、「胸痛」から虚血性心疾患を適切に診断するためには経験を積んだ循環器専門医による問診が重要です。下記項目を正確に聴き取り、その可能性を慎重に検討する必要があります。気になる症状がある場合には、自己判断をするのではなく、循環器専門医へご相談下さい。
以下に虚血性心疾患の可能性が高い胸痛と低い胸痛をあげます。
性状 | 「締め付けられる」、「圧迫される」、「押される」、「痛くはないが、なんとも言えず胸が苦しくなる」など |
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症状が続く時間 | 狭心症:少なくとも数分〜最長で20分程度 |
心筋梗塞:20-30分以上続く | |
起こる場所 | 胸部中央からやや左側で一定している |
胸痛の範囲 | 拳大〜手のひら大 |
随伴症状(胸痛に関連して同時にまたは前駆症状として起きる症状) | 痺れる感覚:両肩、左肩、頚部、顎、歯痛 |
冷や汗(特に心筋梗塞時) | |
誘因(タイミング) | 狭心症:労作(坂道や階段歩行など)で胸痛が誘発され休むと改善する |
心筋梗塞:誘因は特になく、寝ている時やゴルフ中などにも起きます。 |
性状 | 「チクチクする」、「キュッとなる」、「鋭い痛み」、「刺されるような痛み」など |
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症状が続く時間 | 数秒(一瞬)〜数十秒など極端に短い、または、24時間以上一度も消失せずに持続していている |
起こる場所 | 痛む場所が一定せずランダムに移動する(中央部 → 右上 → 左下 など) |
胸痛の範囲 | 1−2本の指先で示せる様な限定された範囲 |
随伴症状 | ない(胸痛と全く関係なく生じる痺れなどは随伴症状ではありません) |
誘因(タイミング) | 特定の誘因はない(安静・労作に関わらず生じる) |
急性心筋梗塞が強く疑われる典型的な症状:直ちに救急車を要請して下さい。
元々、高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙などの冠動脈危険因子がひとつ以上ある方で、胸部中央部の拳大以上の範囲で締め付けられるような痛みもしくは圧迫感が急激に出現し、びっしょりと冷汗をかいており、嘔気や嘔吐がすることもある。この状態が20分以上続いている。
動脈硬化による狭心症は、治療法(薬剤・カテーテル治療・外科手術)が確立されており、その適否と選択のために確実に診断もしくは除外(否定)することが重要です。狭心症「疑い」の状態で長く様子を見ることは、最適な治療方法を選択できない可能性や将来の心筋梗塞発症の危険性など好ましくないことも起こりえます。しっかりとした確定もしくは除外診断を受けることを強く推奨します。
最も重要な診断方法は、問診(症状)と心電図です。経験を積んだ循環器専門医は、問診のみでほぼ診断を確信できたり否定できることもあります。心電図は、症状があるとき(胸痛が起きている時)に行う必要があります。狭心症の場合、症状がないときは心電図も正常であることがほとんどです。
急性心筋梗塞は、通常症状があって救急車搬送されますので、問診(症状)と心電図で診断します。これらに血液検査で心筋逸脱酵素(トロポニン)を測定して診断を確定します。
狭心症は、受診時には症状がないことがほとんどですので、問診(症状)が最も重要になります。狭心症発作が頻回であったり、比較的長い時間(10−20分程度)続いた場合には症状が消失しても心電図に異常が残っていることがあります。この場合には「不安定狭心症=心筋梗塞へ移行する危険性が高い狭心症」である可能性が高く、早急に総合病院循環器内科へ紹介となります。
問診により冠動脈危険因子(前述)がなく症状が非典型的で、心電図も正常の場合は、狭心症の可能性は低くなります。
症状から狭心症が疑われるもしくは否定できない場合には、心電図が正常であることを確認し、下記に示す詳しい検査を行います。全ての検査を行うわけではなく、下記の中からどの検査を選択・組み合わせるかは、狭心症の可能性の程度や検査の侵襲度(身体的負担の程度)などを検討して決定します。2−4)は、当クリニックでは行えませんので総合病院への紹介となります。菊名記念病院の場合、検査のみの依頼(医師の診察なし)を行い、検査結果は当院で説明することも可能です。
心エコー(心臓超音波)検査
虚血性心疾患の診断目的では通常行いませんが(大学病院などで運動/薬剤負荷心エコーを行うことはあります)、心筋症、心筋炎、弁膜症などの他の心臓の病気や虚血性心疾患に伴って起きる心室壁の運動異常や心不全などを診断・除外するために行います。
狭心症治療の目的は、心筋梗塞発症予防と症状のコントロールによる生活の質(Quality of Life : QOL)の改善です。
冠動脈危険因子(糖尿病、高血圧症、高コレステロール血症、喫煙)の包括的管理と薬剤による治療が基本です。状態や重症度に応じて侵襲的治療であるカテーテル治療(ステント留置など)や外科手術(冠動脈バイパス術)が選択されます。
抗血小板薬(アスピリンもしくはクロピドグレル) | 狭心症から急性心筋梗塞へは、冠動脈狭窄部位での血栓形成による冠動脈の完全閉塞が原因でおこります。 心筋梗塞への移行を予防するため血栓ができにくくすることが重要であり、そのため「血液をサラサラにする」抗血小板薬は必須の薬剤です。 |
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抗狭心症薬 | 第一選択 - β遮断薬、カルシウム拮抗薬、硝酸薬(短時間作用型:ニトログリセリン) |
第二選択薬 - 硝酸薬(長時間作用型)、ニコランジル | |
スタチン | 動脈硬化の進展を抑制し心筋梗塞を予防します。 |
薬剤による治療を行っても虚血(胸痛や検査異常)が改善されない場合などに、侵襲的治療(カテーテル治療や外科手術)が検討されます。
近年、薬剤による治療をしっかり行い虚血がコントロールされている場合は、冠動脈カテーテル治療(経皮的冠動脈インターベンション:PCI)と比較して心筋梗塞発症や死亡率に差がないことが複数の大規模な臨床研究により示されています。これらの研究の結果に基づき、薬剤治療開始後にトレッドミル運動負荷心電図検査などで虚血が生じなければカテーテル治療は必ずしも必要ないことが、欧米および日本循環器学会のガイドラインで明示されるようになりました。冠動脈狭窄のみ(虚血が証明されない)に対する侵襲的カテーテル治療は推奨されなくなっています。
陳旧性心筋梗塞の治療もここに含まれます。治療の目的は、狭心症・心筋梗塞の再発予防と心不全など合併症のコントロールです。やはり、冠動脈危険因子(糖尿病、高血圧症、高コレステロール血症、喫煙)の包括的管理と薬剤による治療が基本であることは変わりません。
抗血小板薬 | カテーテル治療によりステント留置が行われた場合は、ステント内に血栓ができることを予防するために2種類の抗血小板薬(DAPT:アスピリンとクロピドグレルもしくはプラスグレル)の服用が一定期間(通常3-12ヶ月)必要になります。 この期間が過ぎると抗血小板薬は1種類(通常アスピリンかクロピドグレル)に減薬されます。その後、抗血小板薬は生涯服用することになります。 |
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スタチン | 動脈硬化の進展を抑制し心筋梗塞を予防します。陳旧性心筋梗塞や高リスク狭心症(糖尿病合併など)の場合は再発予防のために厳格なコントロールが必要とされ、LDLコレステロールの目標上限値は70mg/dLとなります。 |
抗狭心症薬 | 冠動脈の狭窄部位がステントなどできちんと治療されていれば、一般的には不要となります。 |
慢性心不全:心筋梗塞により心筋が壊死を起こし心臓のポンプ機能が低下している状態です。心不全の重症度により下記薬剤が適宜選択・組み合わされて使用されます。
第1選択薬はいずれも大規模な臨床研究で心機能を回復させ死亡率を低下させることが証明されている薬剤でガイドラインでも必須薬剤として推奨されています。
第1選択薬 | アンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACE-I:エナラプリルなど)またはアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB:テルミサルタン、カンデサルタン、ロサルタンなど)またはアンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNI:エンレスト) |
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第1選択薬 | β遮断薬(ビソプロロール、メトプロロールなど)またはα・β遮断薬(カルベジロール) |
第2選択薬 | ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA:スピロノラクトン、エプレレノンなど) |
その他 | 利尿薬やイバブラジン塩酸塩(コララン)、ジゴキシン製剤など |